曽於市のしゃらこども園は、豊かな思いやりのある心、知的好奇心や遊び心のある保育、教育、基本的生活習慣の育成等を通してまことの保育(仏教精神に根ざした保育、教育)を目指しています。

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食べて飲んで語る

朝日新聞平成28年10月29日土曜日版 作家の口福 赤坂真理 より
「あなたも、私も、食べる」
水俣に行かれた赤坂さんの話です。
元々は水俣には美しい海と塩田があったところに、近代農業を支える肥料づくりの会社が進出しメチル水銀をばらまいた。その毒を食べた生き物たちが「超重度の食中毒」を起こしたのが水俣病だと言えるとわかった。
小さな弱い生き物から有機水銀に侵され、胎盤を通して胎児にまで食中毒が広がったということだ。権力や経済による食のコントロールから始まり、徹頭徹尾、食と関わった病であるから悲しい、必ず何かを食べるのだから。
水俣を訪れて、水の甘さ、温泉の心地よさ、食べ物も酒もおいしかった。
飲んで、食べ、笑い、泣き、また会おうという。そのとき人は、言葉以上のことを交流している。
そして、赤坂さんはこう話す。
言葉も思いもすべてが食べ物だとしたら。ののしる言葉も自分を責める思いも、毒を相手に食らわせようとは思っていなくても言葉は平気に発せられる。
形がなければ罪がないと考えるのは違う。その考えが罪深い。
以上、赤坂さんの話の要約です。

こんな記憶がある。
お釈迦様に毒の言葉を吐いた人に対してお釈迦様がおっしゃる。
あなたがお客様を自宅に呼び、食事を提供したとしよう。しかし、そのお客様は食事をとらなかった。お客様が帰った後のその食事は誰のものだろうか。
毒の言葉を吐いた人は「それは食事を提供した人のものです」という。
ならば、私はあなたの毒の言葉は受け取らない。その毒の言葉はあなた自身のものだ。
自分で毒を提供し、その毒を食べるような行いをするだろうか。
こんな話だったと思う。
相手のことを思いやる第一歩は、一緒にその土地で食べて、飲んで、泣き、笑うことなのだろう。一緒に食べるものに毒を盛ることはしない。
東北の災害も、放射能という目に見えないものが、土地を、そしてその土地の食べ物を毒にしてしまった。権力と経済のコントロールが食を奪った。
私たちは水俣から何を学んできたのだろうか。
東北の復興って何だろう。復興にかかわる人は、自分の言葉を自分で引き受けるつもりで、復興に臨んでもらいたい。土地の人々が一緒に食べて飲んで笑い泣き合えるような復興への道筋をのべてもらいたいと思う。
一緒に食べる食卓、安心して語り合える場の尊さを思う。
自分はそれを壊しかねない言葉の毒を吐いてはいないかと恐れている。
                                      釈慈明

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