曽於市のしゃらこども園は、豊かな思いやりのある心、知的好奇心や遊び心のある保育、教育、基本的生活習慣の育成等を通してまことの保育(仏教精神に根ざした保育、教育)を目指しています。

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うちの子はみんなと違って・・

母さんのための仏教教室 ひろさちや(ないおん03.12より)
イギリスの田舎の鉄道駅に、時計が二つありました。一つは改札口に、もう一つはプラットホームにあります。
ところが、この二つの時計は、いつも指している時間が違っています。
そこで、乗客の一人が駅長に注意しました。だが、乗客から言われて駅長は、こう答えたそうです。
「お客さん、二つの時計が同じ時刻を指すのであれば、時計は二つもいりませんよ」
もちろん、この話はジョークです。(省略)
でも私はこの話が大好きです。私たち日本人は、この駅長の考え方に学ぶべきだと思います。
私たちは、こどもが二人いると、どちらがよい子で、もう一人は悪い子だと思ってしまいます。よい子・悪い子というのが極端であれば、一人はよい子で、もう一人の方は、それよりやや劣ると判断するわけです。そうして、その劣った子の方が努力をしてよい子に近づいた方がいいと考えます。それはつまり、
二つの時計が、二つとも、同じ正しい時刻を指すべきだ、といった考え方なんです。
なぜ、二人のこどもが違っていていけないのですか・・・?
一人は歌がうまい。そうすると、もう一人は、あまりうまくないということになります。その上手くない子が努力して歌がうまくなるようにすべきだ、というのは、歌の上手くない子の存在を認めていないことになりませんか。私は、歌の上手くない子は、上手くないままでいいと思います。
じつは、お釈迦さまの考え方がそうだったのです。お釈迦さまの説法は、-対機説法-と呼ばれています。お釈迦さまは教えを説く相手の素質や能力(=機)に応じて、それぞれにふさわしい教えを説かれました。人間は、みんな違っているからです。違っているのが当たり前で、みんなが同じであるはずがない。お釈迦さまは、そう考えておられた訳です。
そういえば、大正時代の童謡詩人の金子みすずは、私は鳥のように空を飛べないけれども、小鳥は私のように地面をはやく走れない。私はすずのようにきれいな音は出せないが、すずは私と違ってたくさんのうたを知らない。そう言ったあと、

すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい

と言っています。この「みんなちがって、みんないい」というのが、お釈迦さまの教えに通じるのではないでしょうか・・・。

今回はひろさちやさんの文章をご紹介しました。
みんな違うと思っていれば、こどもを比べることがない、比べなければ一人一人のこどもそのものを大事にしようという思いがおこってくるのかもしれません。
うちの子は他の子と違って・・・みんないい、ですね。

釈 慈明


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